会社員として働きながら、週末だけ世界中を旅する“リーマントラベラー”をご存じでしょうか?
この一風変わった肩書きを持つ東松寛文氏は、「平日は仕事に全力投球、旅へ出かけるのは週末」というスタイルで、世界81カ国193都市に渡航。2016年には3カ月で世界一周を達成しました。
旅先での出来事を発信するブログが注目され、著書出版やTV・新聞・雑誌などメディア出演でも活躍。現在も会社員として広告代理店に勤務しながら、作家活動や講演活動、SNSでの情報発信を続けています。
会社に縛られない生き方の一つとして、起業やフリーランスといった働き方にスポットがあたる今。会社員を続けながら充実した「休み方」を極めるライフスタイルには、「人生を楽しみ、幸せに生きる」ヒントが隠されています。
週末海外のスペシャリスト“リーマントラベラー”東松氏に、弊社常務取締役山口が週末旅行の楽しみ方や、人生を変えるきっかけとなった体験についてお話を伺いました。
■インタビュイー:東松 寛文氏
1987年岐阜県生まれ。神戸大学経営学部卒。平日は広告代理店で働く傍ら、週末で世界中を旅する”リーマントラベラー”。社会人3年目に旅に目覚め、10年間で91カ国193都市に渡航。2016年、3ヶ月で5大陸18カ国を制覇し、世界一周を達成。”週末海外”のスペシャリストとして『地球の歩き方』から旅のプロに選ばれる。以降、TV・新聞・雑誌といったメディア出演・執筆多数。全国各地で講演も実施。著書に『サラリーマン2.0 週末だけで世界一周』(河出書房新社)、『休み方改革』(徳間書店)、『週末だけで70ヵ国159都市を旅したリーマントラベラーが教える 自分の時間の作り方』(Gakken)が日本&台湾で発売中。2018年よりオンラインコミュニティ『リーマントラベルサロン』も主宰。2022年からはオーストラリア『ケアンズ&グレートバリアリーフ観光大使』、岐阜県羽島市『羽島市アンバサダー』も務める。
■インタビュアー:山口 一真
1982年東京生まれ。2005年メイクス前身の会社に入社。現在は㈱メイクス常務取締役。小学校から大学までバスケットボールに打ち込む。社会人になってスポーツから遠ざかり、一時期体重が100kgを超えたが、選手時代のノウハウを活かした食事と運動により1年間で40kgの減量に成功。2018年メイクスのKONAチャレ担当になったのを期にトレーニングを始め、木更津トライアスロンでレースデビュー。秋にはアイアンマン台湾を完走した。2020年からは100年コーチとして、人生100年の幸せや主体性のある人生を追求しサポートし続けている。
目次
週末を海外で楽しむ!“リーマントラベラー”の活動とは?
山口:“リーマントラベラー”の活動について、どういうものなのか教えていただけますか?
東松:2016年1月からスタートしたブログで、週末に出かけた海外旅行をテーマにしたコラムを発信しています。例えば、世界一周する前に一番バズったのは、2016年9月の香港旅行ですね。
その日は珍しく早起きをして近所のコンビニへ行ったんですが、雑誌コーナーにあった佐々木希さんが表紙の女性ファッション誌『anan』が気になって…。手にとって見てみると「香港特集号」で、佐々木希さんが香港を巡りながら、おいしそうな飲茶やスイーツ、おしゃれスポットを紹介していたんです。
すごく佐々木さんのファンというわけではないのですが「これは行かなければ!」という気持ちになり(笑)、ただ先が読めない社畜寸前の働き方をしていたこともあって…自分の中でも二転三転、悩んだんですが…。雑誌を手にしたその日が水曜日、翌日木曜日には航空券をおさえて、金曜日の深夜に羽田空港を出発していました。
香港に着いてからの土曜日と日曜日は、『anan』の特集で紹介していた撮影場所を実際に自分でもまわってくる、という週末旅行でした。
山口:すごい週末ですね(笑)。
週末海外が引き寄せた、香港の奇跡
東松:雑誌に載っていた同じ場所を巡り、佐々木希さんのポーズをまねた自撮りをして、日曜日のうちにブログにアップしました。
ただ、佐々木さんの表紙写真だけは、当時、香港で一番良いと言われていた「インターコンチネンタル香港」の最上階にあった130万円する部屋のベランダで撮影されていたんです。ダメもとでフロントに部屋を見せてもらえないか聞いてみたのですがNGという結果で、「さすがに自分には表紙の撮影場所だけは行けませんでした…」という内容の投稿でした。
それが、週明け月曜日になってネットでエゴサーチをしているとき、「anan 香港 佐々木希」と検索してみると、佐々木希さんよりも、僕の写真がいっぱい出てくるようになっていました(笑)。今でも検索すると、ご覧いただけると思います。
山口:そうなんですね、今も!?(笑)。
東松:僕がいっぱい出てくる(笑)。この話は、僕が「なぜ週末だけを使って海外旅行をするのか」という話をするときの象徴的な例としてご紹介するんです。それは「海外旅行は土日だけでも楽しめるんです」、しかもこの後、「こんな奇跡まで起こるんです」ということをお伝えしたいからです。
■東松氏のブログはこちら
水曜 ananの「魅惑の香港」特集見て、木曜 航空券取って、金曜 合コン我慢して 香港へ行ってみた。
■Google検索
「anan 香港 佐々木希」の検索結果はこちら
さらに広がる奇跡!だから“リーマントラベラー”は楽しい
東松:香港旅行のブログがバズった後、なんと「インターコンチネンタル香港」の日本担当部長さんから僕宛に連絡をいただいたんです。
「ブログを拝見しましたが、あまりの素晴らしさに朝からコーヒー吹きました。逆に、お断りしてしまい申し訳ございませんでした」という、センスの良いお言葉をいただきまして(笑)。
しかも、「今度お越しいただきましたら、お部屋をお見せできるかもしれません。今後ともよろしくお願いします」とも仰っていただけたのです。だから、「今週行きます!」と返事をしました(笑)。
山口:それは、すごいですね!
東松:翌々週には再び香港へ行き、「インターコンチネンタル香港」の最上階の部屋で、『anan』に載っていた佐々木希さんとまったく同じポーズで、同じ時間帯に、同じ構図で写真を撮らせてもらいました。
その写真を添えた記事をブログにアップしたんですが、今度はそれを見た「香港経済新聞」というWebメディアに取り上げていただきました。「謎の男 香港で夢かなえる」という記事だったんですけど(笑)。それがまさかのYahoo!のトップに掲載されて、記事アクセス数は「香港経済新聞」の年間トップに入る反響があったそうです。
山口:多くの人が興味を持ってクリック数が多かった記事なので、そういう結果になったわけですね。
東松:ホテルには逆にご迷惑をおかけした…という気持ちなんですが(笑)、こんな奇跡を起こしたいつもりではなかったんですが、週末に香港旅行を楽しんだだけでなく「さらにこんなことまで起こるんだ!!」と実感した体験でした。
週末海外というと、「短い休みでも本当に楽しめるんですか?」「週末の短い期間に行って帰ってきて、スタンプラリーにならないですか?」とよく聞かれるんですが、「こんな魅力あるんです。こんな奇跡が起こるから、僕は週末に海外旅行をしているんです!」とお伝えするようにしています。
“リーマントラベラー”は、発信するまでが旅行です
山口:東松さんはInstagramでも内容の詰まった発信をされていますね。
東松:ありがとうございます!
山口:普通の風景写真だけでなく、役立つ情報もあって魅力的です。
東松:僕の週末旅行は「なにかを発信して完結する」というものです。旅先で見たことを人に伝えて、感動を共有するというのが自分のスタイルと思っていて。今はSNSで手軽に情報を伝えられるいい時代で、自分にも合っています。
以前、後輩と2人で行った最初の韓国旅行のとき、時間が余ったので東大門市場で江南スタイルのPSYさんと同じ衣装を買って、ポーズを決めて写真を撮っていたら、たくさんの日本人や韓国人に囲まれちゃって(笑)。「すごい人気!」みたいになって、その写真をFacebookにアップしたら、普段よりも3倍ぐらい「いいね」がつきました。
出かけている自分が「旅行は楽しい」と感じるのは普通ですが、その「楽しい旅行」を世の中に発信するだけで、それを見た人も楽しんでくれる状況が楽しいし、もとがとれたなと思うんです。
山口:なるほど。確かにそれは楽しそうですね。
まったく興味のなかった海外旅行が、会社員人生を変えた
山口:週末に世界中を旅行する“リーマントラベラー”になったきっかけをお伺いしてもいいですか?
東松:もともと海外旅行にはまったく興味がなくて。
山口:興味がまったくなかったんですか!?
東松:そうですね。海外旅行といえば「社会人になってからハネムーンで行くもの」といったイメージを抱いていました。大学を卒業して就職してからも「海外旅行をする暇があるなら、仕事を頑張ったほうがいい」「仕事を休んで評価されないか不安でもあるし、とにかく働いておきたい」、そういう価値観で社会人をしていました。
山口:そうですよね。そうでなければ、お忙しいとされる広告代理店に入社しないですよね…。
東松:「社畜」という言葉がありますが、社畜寸前の状況で働くことに疑問も抱かなかったので、それはそれで前向きには過ごせていました。仕事だけの日は終電で帰り、飲み会があればタクシーで帰るという生活が基本。そのパターンと違う日のほうが、かえって不安になるような感じです。
そんな生活を続けて社会人3年目、GWを使って初めての海外旅行をすることにしました。それが人生を変えるきっかけの一つになりました。
辞表代わりのNBAチケットを懐に…上司へ願い出た3泊5日の海外旅行
東松:もともと中学生・高校生のときにバスケットボールをしていて、アメリカのバスケットリーグのNBAも好きなんです。仕事帰りの電車の中で、ロサンゼルス・クリッパーズというチームが勝ち上がってるのをチェックしていたんです。
そのとき、「もしも現地で観戦したら、チケット代っていくらなんだろう?」と疑問が出てきて、検索してみたんですよ。そうしたら当時で85ドル、日本円では当時のレートで7,000円くらいでした。
山口:結構リーズナブルだったんですね!
東松:そうなんですよ。今で言えば、日本のプロ野球クライマックスシリーズのような価値のある試合で…そのチケットが85ドルだったんです。「飲み会を1回我慢したら買える金額だな」って思ったんです。
「どうせ仕事で行けないけど、このチケットを買ったら、なんか仕事を頑張れそう」と思って、すごい激レア商品を買うみたいな感覚でチケットを買いました。毎日、デスクに置いて眺めていたら、確かに仕事は頑張れました。このチケットを使わないと、席が1つ空いてしまいチームに迷惑をかけてしまう…と(笑)。
山口:確かにそうですね(笑)。
東松:そんなよくわからない責任感が生まれて「行けないはずなのに、行ったほうがいいんじゃないか?」という気持ちが、だんだんと強くなってきていました。偶然にもGW4連休の中日の試合日程だったので、有給休暇1日を足して3泊5日だったらバスケくらいは見られそう、と実際に出かけるイメージまでふくらんでいました。
ただ、当時は休日も関係なく働いているような部署にいて、メンバーの中では社歴が一番下でした。だから「有休をとって海外旅行に行かせてください」とは上司に伝えづらかったんですが…チケットを辞表のように懐に忍ばせて、なにかあったら出してやろうと(笑)覚悟して、上司にプレゼンをしてみたんです。
そうしたら、「あぁ、そうなんだ。観てきたらいいじゃん」とあっさり言われてしまった。それはそれで「俺、この場所に必要ないのかな?」と不安な感情も湧いたんですが(笑)、これで準備は整ったから行ってみよう、と心を決めました。
山口:ご著書にもそのときの描写が漫画で描かれていますが、僕はあれを見て少しウルっときました…。僕自身も2005年に入社した会社が同じような環境でした。4月の休みが1日しかなくて、GWに入ったと思ったらGWも1日しかありませんでした。
友人の結婚式にも行けないような、そういう猛烈社会の中で働いてきたので…当時の自分と重なって…上司にあっさり受け入れられたのも含めて涙が出そうになりました。
東松:ありがとうございます。案外、そういうものですよね。僕は、漠然と「海外旅行に行きたい」と思っていたら、あの一歩を踏み出せなかったと思いますが、「大好きなバスケのあの試合を観たい」という明確な目標があったことが大きかったと、振り返ってみると思いますね。
平日なのに、同じ大人なのに…現地で受けた衝撃と大きな収穫
山口:チケットを心の寄りどころに猛烈に働いて、実際に出かけてみた海外旅行はどうでしたか?GW明けの有給も追加されたとか?
東松:3泊5日の海外旅行は普通に行けてしまい、楽しみすぎてしまいました。いざ日本に帰国するときになって、空港までの道のりを調子に乗ってローカルバスに乗ったら、とてものんびり走るんですよ(笑)。しかも、途中で事故を起こしたり、代わりに呼んだタクシーも来なかったりで…。やっと空港に着いたら、飛行機に乗れないというトラブルが最後に待ち受けていました。
結局、日本への帰国が1日遅れるんですけど…そのとき会社に電話したら、めちゃくちゃ怒られたんです。でも、会社に戻ってみたら、仕事は普通にまわっていることに衝撃を受けました。そのときに「自分が休みをとっても、意外と会社はまわっているんだな」という気づきがありました。
ただそれ以上に、海外旅行に初めて一人で行って、まずは3泊5日という短い時間でも十分楽しめたこと、英語がまったく話せない状態でも意外と伝えたいことが伝わることがわかったことは大きな収穫でした。
それから、現地で見た光景も印象的でした。ロサンゼルスを平日に歩いていていると、昼間なのにお酒を飲んでいる人がたくさんテラス席にいたり、ビーチに行ったらたくさんの人が日光浴をしていたり。バスケの試合が始まる5、6時間前からスタジアムに人が集まって、周囲のお店で試合前の時間を楽しんでいたりして「今日は平日だよな?」と驚きました。
「大人って、平日は朝から晩まで働くのが当たり前」と思っていた、自分の価値観とは違う風景を目の当たりにして、とても衝撃的でした。
山口:これまで目にしてきた世界とは、まったく違う世界だったんですね!
東松:どちらの価値観が「良い」「悪い」ということではなく、日本にいるときの僕と同じ大人、人間なのに全然違う!ということに衝撃を受けました。そして、「短い休暇日数でも行ける、英語もそんなに必要ない、しかもこんな衝撃的なことを経験できるなら、もっといろんな国に行ってみよう!」という気持ちになって、翌年1月に3連休を使って韓国に行ったのが、最初の「週末旅行」になります。
最初は3連休では短いとも思ったんですが、実際に行ってみたら意外と問題なく楽しめてしまって。そんな週末旅行を続けるうちに、どんどん旅先も遠くなり回数も増えていきました。
暗黒の1年。その先に見えた “リーマントラベラー”の道
山口:自分の中だけで週末旅行を楽しむ状況から、「リーマントラベラーになろう!」と決めたのは、どんな理由からだったんですか?
東松:会社員をしながら自分の中だけで海外旅行を楽しむという選択もあったと思うんですが、明確に変わったのは2015年で、この1年間は僕の中では暗黒時代でした。なにが暗黒だったかというと、会社の中でやりたいことがなかなか見つからない…という問題を抱えていました。
入社後、同じ部署で同じ仕事を7、8年続けてやっていたので、できることは増えているし仕事の規模も大きくなって仕事の満足度は得られていたんですが…。では「それが自分のやりたいことか?」と言われると、在籍している部署にいてやれること、やりたいことを探しているだけで、「本当に僕がやりたいことって、この会社にあるんだっけ?」という、当たり前だけれども、それまで忙しすぎて自分では気づかないようにしていた思いに気づいてしまったんです…。
なぜこれほど旅行にハマっているのかを自分自身で振り返ってみて、「貯金も減ってしまうのに、なぜこんなに満足しているのか」と自問したとき、旅行に対する熱量が仕事よりも高いことに気づいて、このままでいいのかどうか、自分と向き合うことを始めたんですね。
「なんでこんなに旅行は、純粋に楽しんでやりたいと自信を持って言える状態なんだろう」と、いい意味の違和感を抱いて、自分の中で掘り下げていった先に見えてきたのが“リーマントラベラー”です。
キューバ旅行。現地の人々と触れ合うことで触発された自分の「生き方」
東松:この暗黒時代に自分を掘り下げていったとき、これまでの旅行で一番印象に残っている国がキューバでした。キューバに行ったのは2015年のGW。一番、非日常を感じて、一番、人生を変えた旅行だったんです。
当時のキューバでは年収は2万4千円といわれていました。
山口:えっ!?2万4千円!
東松:国民は全員、公務員なんですよ。お医者さんもパイロットも給与が同じという社会です。医療費も学費も無料で、配給制度がある。当時は、社会主義の国といったら正直「貧しい国」という印象を持っていたのですが、実際に旅行してみると、思い描いていた印象とは違いました。
旅先で、知らないおばさんに「うちでご飯食べてきなよ」と声をかけられて、チップを要求されるのかな?と思ったんですが、そんなことはまったくなく「今日は楽しんでいって!」と言うんです。
山口:どういうきっかけで現地の人から声をかけられたんですか?
東松:そのおばさんが、すごく重たそうな物を持っていたので「ちょっと手伝いましょうか?」と声をかけてお手伝いをしたら、そのまま家に招かれて入っちゃった、という感じです。
山口:それは東松さんがすごいですね。日本ではなくてキューバで観光客として声をかけるというのが(笑)。普通に声をかけたんですか?
東松:そうですね。カタコトの英語かスペイン語でしたが…うまいこと言葉は通じて、「せっかくだから、なにか食べていきなさい」と、ご飯が出てきてごちそうになりました。
キューバではほかにも同じような経験をしました。爆音が鳴っている家があったので気になって覗いてみたら、ダンスパーティーが開かれていて、中にいる女性と目があったら「カモン!」と誘われて(笑)。家へ入っていくとダンスレッスンが始まって、踊りを教えてもらいました。一通りレッスンが終わったら、笑顔で「またね!」と別れて。
あるときは、道を歩いていて水たまりにはまってしまい「オーマイーガー!」と嘆いていたら、おばちゃんが出てきて、なにを言っているかはわからないんですが、スペイン語で「洗ってあげるよ」みたいなことを言って、靴を洗ってくれたこともありました。洗ってもらっている間、僕はおばちゃんの家でお茶をしている、みたいな(笑)。
そういうことがキューバでは普通に起こったんですよ。遭遇する出来事の一つ一つに、めちゃくちゃテンションも上がったし、行ってよかったなと思いました。
自分が出かけた旅先での出来事、自分が好きだと思っていること。その共通点を探っていったら、キューバで出合ったように、現地の人の「生き方」がわかるような、ガイドブックに載っていない情報や体験に触れたとき、自分のテンションが上がると気づきました。
旅先の中心に世界遺産があったとしても、そこから離れた、町の外れにある民家やそこで生活する人の「生き方」に強い興味を持つのは、ロサンゼルス旅行のときから変わっていない。旅先で暮らす人々の「生き方」に触れたくて、自分は海外旅行をしている。その「生き方」に触れてしまったから、自分の「生き方」も揺さぶられて悩んでいるのかもしれない…というのが、そのとき自分を振り返ってみて得た気づきでした。
「なんとなく仕事をして、なんとなく過ごす週末」は、自分で選んだもの?
山口:会社員をしていると、普段は周りも同じような環境ですものね。
東松:そうなんですよね。それまで僕は、会社員であることがすべてで、会社員としての評価がすべてだと思っていました。会社員以外の選択肢がなくて、会社員としての評価が自分の人生の評価だと。でも、その選択肢自体、自分で選んでいるようで選んでいなかったんです。
就職活動でも、自分で就職先を選んだような気がしていても、実は会社に選ばれているだけ。自分で決断したように思っていましたが、決断なんてしていなかったと気づきました。海外旅行でいろいろな「生き方」に触れた瞬間、「会社員であることはいいけれど、他の生き方もいっぱいあるよな」ということを実感しました。
当時、仕事の満足度も高かったので、「やっぱり会社員をする」ということを自分で決めていたんですね。なぜなら、旅行をするためにはお給料が必要ですし。
でも、会社員として同じ仕事をして人生を過ごす場合でも、「自分で決めた仕事をして、自分で決めた旅をする」のと、「なんとなく決められた仕事をして、なんとなく週末を過ごす」のとでは、同じ1年の過ごし方でも、圧倒的に自分で決めたほうが楽しいし、人生の満足度がめちゃくちゃ上がる。そう気づいたんです。
いわゆる「人生の敷かれたレール」ということでいえば、僕は敷かれたレールの中をキレイに走ってきたほうだったと思うんですが、この事実を知らなかったことが衝撃で、海外旅行をしなかったら、死ぬまで気づけなかったんだと思って…。
山口:そう気づいたことで仕事にも大きな変化があったとか。
東松:「生き方」というものに気づいてからなにが減ったかといえば、愚痴、ねたみ、ひがみを言う飲み会がなくなったんですよ。自分の仕事に対する満足度が上がったので、誰かがなにかをしたからといって、羨ましいという感情は生まれない。これはすごい変化だ!と思いました。
そこで勝手に使命感がわいて…他の人もこのことを知ったら、きっと日本をめっちゃ幸せにできるかも。このことを僕だけが知っているのはもったいない。会社員の自分だからこそ、みんなにも伝えられることがあるかもしれない。自分だけに閉じ込めておくのはもったいない。
そんな想いに背中を押されて“リーマントラベラー”を始めることにしました。
日常から脱出するための「もったいない」という考え方
山口:今の時代を考えると、戦後、「物質的に豊かになることが幸せ」という価値観があって、高度経済成長の原動力にもなったと思うんですね。当時は、車を買うこととか、冷蔵庫を買うこととか、テレビがあることが幸せだった。
でも今は、フリーターでも車やテレビも買える豊かな時代になった一方で、精神的な豊かさからは、かなりかけ離れていて欠乏している時代のようにも思えます。東松さんの活動を見たとき、そういう状況を変えられるんじゃないかと思ったんですね。
東松:「人生を変えたい…」とか「なにかをやりたいという気持ちはあるけれど、なにをすべきか見つからない…」という言葉をよく聞きますが、「本当は、みんな持っているのに!」と思います。持っているのに気づけていないだけだと。
僕の場合には、社畜寸前の働き方をしていて、海外旅行をきっかけに自分を振り返る過程で、自分の「生き方」を見つけたわけですが。会社員として働いている中で、仕事をしているだけでは気づけなかった面もあると思います。
会社員として働いていて、「それが当たり前」という日常を過ごしていると、まず、考えることをしなくなってきますよね。そんな日常の中で生き続けていると、なにか他のものと比較のしようもありません。これは誰よりも得意だということがあっても、それに気づけなくなってしまうと思うんです。
でも、非日常に身を置くと「考える材料」がいっぱい落ちていて、日常との比較をする機会が容易に生まれます。自分の好きなこと、嫌いなこと、得意なこと、不得意なことを見つけやすくなる。みんな、そういう自分の強みや好きなことを絶対にすでに持っているのに、気づけていないだけだと思います。
僕が“リーマントラベラー”として、みんなに楽しんでもらえるように情報を発信しているのは、少しでも興味を持ってもらって、こうした本当に伝えたいことに目を向けてほしいという意図があるからです。真面目な話をするよりも、まずは、週末旅行へ出かけて笑顔でいいねポーズをしている楽しい写真を見てもらって、それを入口に「生き方」を考えるきっかけにしてもらえれば、というのが根底にある活動の目的ですね。
海外旅行という非日常を連続して経験することで見えてくるもの
東松:本当はみんな、そうした体験をすでにしていると思うんです。でもそれを、自分の中でどこまで消化できるかどうかは、また別の話です。
山口:みんな経験してはいるけれど、単なる経験で終わってしまっているということですね。
東松:僕の場合は本当に偶然にも、海外旅行という非日常を連続して経験する中で、いろいろな人の「生き方」に触れて、自分を振り返ったり、比較したりして、なにかを気づけるタイミングにたくさん遭遇しました。これが例えば、日本国内だけでやる趣味だったとしたら、気づくのが遅かったかもしれません。海外旅行って、一番極端な非日常ですよね。だからこそ気づけるっていうのも、自分の中で納得感がありました。
だから僕は、よく「やりたいことを見つけるためにはなにか新しいことを始めたほうがいいですか?」と聞かれるんですが、いやそんなことをしなくても、今、あなた何歳ですか?という話をします。そして、「あなたはきっと、これまでの人生でいろいろな経験をしています。それを振り返れば、もうなにかを持っているはずですよ」と伝えるようにしています。
山口:確かにそうですね
東松:もうみんな持っているのに気づいていない。それが僕の中ではとても「もったいない」と感じるんです。
「もったいない」を見つけること。「もったいない」をなくすこと
山口:「もったいない」をなくしたい、というのはポイントになる概念のように感じますが。少し詳しくお伺いしていいですか?
東松:僕は広告代理店で働いていますが、就職活動をしているときから、「良いものを正しく届けるサポートをする」という広告の役割自体、「もったいない」をなくすものと思っていました。
こうした「もったいないをなくす」「もったいないことを見つける力」という思いの強さが、自分の強みですね。広告代理店で自分を活かせる考え方でもあるし、“リーマントラベラー”としても、それを体現していると思っています。
山口:とても一貫性がありますよね。
東松:就職活動のときから、僕は継続して自己分析をしているのですが、多分そのときから変わっていないと思います。少なくとも、みんなも就職活動では自己分析をしていると思いますが、なにか思い悩んでいる人はまず、就職活動のときのことを振り返ったらいいと思います。
社会人になると「自分ってのは、どんな人間なんだろう?」と向き合う時間はなくなってくるのが普通です。忙しくなればなるほど、自分のことを考える時間ってとれなくなりますよね。
山口:確かに、なかなか時間はとれないですものね。
東松:でも、一番のヒントは多分、そこにあるんでしょうね。真剣に考えた人ほど、その後、ぶれない気がします。
僕の場合、「好きなことを、なぜ好きなのか?」というところまで分解して自己分析している感覚があります。だから、いつどこで僕はテンション上がるのか、自分のことをよくわかっています。週末の海外旅行でも、気づいた気づきについて自分で考える時間を、帰りの飛行機の中で作っているんです。なぜあのとき、あそこでテンションが上がったのかを分析して、同じようにテンションが上がることを増やしていこう、と整理するようにしています。
山口:帰りの飛行機でも考えて、月曜日には普通に出社するとなると…いつ寝ているんですか!?
東松:もちろん寝てますよ!(笑)。考える時間は限られますけど、でも考える材料があるんだったら、考えないほうが「もったいない」と思うんです。
そもそも、日本に帰ってきたら考えないようにしていますね。帰国した僕は日常を過ごしているわけなので、非日常な海外旅行から帰ってくるその時間が、日常と対比する「材料」を整理するのにピッタリなんです。考えるために効率も一番いいタイミングだと思います。
山口:考えたものは、どこに残すんですか?
東松:旅先では基本的に写真を撮りますが、気になった場所や、ちょっと普段と違う感情がわいた瞬間の景色を撮って記録します。帰りの飛行機で、その写真も見ながら「なんでこの景色が気になったんだろう?」「あそこでテンションが上がったのはなんでだろう?」と振り返って、そのときに気づいたことをメモしておきます。だから、スマホのメモは異常なほどの量になってますよ(笑)。
メモしたことは、もちろん即効性がある気づきのこともあれば、全く関係ないこともあるんですけど、それを積み重ねて、なにかをためていくと、より自分のことがわかってくるように思います。
山口:その作業の連続ということですよね。
東松:それだけを目的に旅をしているわけではなんですが、楽しい中でせっかく気づいたんだったら、その気づきをベースに考えないと「もったいない」と思うんですね。かつ、この考える作業ができるときって、僕の中では旅のときだけなので一番おいしい時間です。
逆に帰国した瞬間、例えば「英語の勉強をしよう!」と思っても、一番テンションが上がっているときでないとやらない、と自分でも間違いなくわかっている。「鉄は熱いうちに打て」ではないけれど、僕にとってその熱いタイミングというのが、帰りの飛行機の中です。帰国して旅が終わった瞬間、覚めきってなにもやらない。
山口:なるほど。そこでしかやらないなら、やらないともったいないですね。
東松:だから、「もったいない」という感覚は、裏を返せば「お得」ということ。だからこそ前向きに続けられるんじゃないかと思います。
100歳になっても、100歳だから見える世界を旅していたい!
山口:人生100年時代といわれていますが、会社員をリタイアした後は、どんな人生を思い描いていますか?
東松:難しい質問ですね(笑)。旅行はしていたいですが…そのための体力とお金が必要だとすごく思いますね。それから、体への負荷を考えて、バックパックではなくてスーツケースで旅行していたいです。多分、歳を重ねて腰に負荷がかかるようになると思うので…。今も運動をしなければという認識はあるんですが、実践はなかなか…(笑)。
でもライフステージが変わると、旅の目的も変わって、今とは違った旅の仕方をしているんじゃないかとは想像しています。というのも僕の場合、子供が生まれて明確に世界の見え方が変わりました。それまで10回も行ったことのある同じタイでも、子供が生まれてから子供と一緒に行ったタイは新鮮だったんですよ。
日本でも例えば、子供が生まれてベビーカーで銀座に買い物に行ったら、「ベビーカーって、こんなにいっぱいいるんだ!」と気づいたことがありました。
山口:わかります、わかります。
東松:それまで自分の見えている世界ではベビーカーを意識することがなく、知らないうちにベビーカーを排除した風景を見ていたという感覚です。
だから、自分の生活やライフステージが変わったとき、過去に行ったことのある同じ国を旅行しても、見えていなかった風景やテンションが上がる発見があるように思います。100歳だから見える風景というのは、100歳しか知らない。だから、100歳らしい旅をしていたいと!
山口:「100歳でもできる」というのは、今回のお話の「会社員でもできる」ことと同じですね。
東松:はい。今、僕が会社員として海外旅行をして見ている風景は、会社員という状況でしか物事を見ていないと思うんです。自分と関係ない物事って、自分の視野の中から自然と排除してしまっているということです。
子供が生まれたらできないことが増えて、歳をとったらできることがどんどん少なくなっていく、と僕はずっと思っていました。でも、意外とできることのほうが多いし、楽しいことのほうが多いと気づきました。22歳の旅と30歳の旅と、子供が生まれて35歳の旅と、どんどん見える世界が広くなっていくので、それが100歳になったとき、多分、最高に見えていると思うんですよね。その光景を発信したいです。
山口:そうですね。100歳で世界一周!(笑)
東松:100歳で世界一周したいです!(笑)。100歳になっても、旅を通じて、それを体現していきたい。そう考えると、未来に対して、すごく明るい気持ちになれます。きっと100歳でもできることはあって、世界一周できるための資金を残しておかなければいけませんね(笑)。
山口:100歳になっても好きなところへ行ける健康な体で、お金もあって、心が健全だったら、本当に充実した幸せな人生ですね。本日は貴重なお話をありがとうございました。
※この記事は2023年9月22日に実施したインタビュー内容に基づいて作成しています。